セクハラによる精神障害労災認定基準

いじめ・嫌がらせの相談の解決方法は様々で、本当にケースによって違います。
そのなかでも職場でのいじめ・嫌がらせパワハラ・セクハラによって精神疾患を発症したケースでは、労働災害として補償を請求することがあります。
業務が原因であれば、労災保険を使うというのは原則なのですが、精神疾患の場合は、必ずしも労災請求をするわけではありません。
というのは、本人の病状を考慮して手続きを取るのは控える場合も多いからです。
労災請求は請求すれば必ず認められるものではなく、反対に精神疾患事案の場合認定基準が厳しいため、認定されるケースがたいへん少ないのです。
そのうえ、事実関係の証明が難しかったり、業務との関連が分かりにくかったりします。
本人のメンタル不調のために、それら手続きを行ったり、発症の原因となった出来事について話すことが困難で、病状を悪化させる危険まであります。
認定基準がそのように厳しい基準であるのは、労災保険制度はほとんど100%仕事によるという場合のみしか適用しないという考え方からです。
これは「業務との相当因果関係」と言います。
精神疾患の場合はさらに、誰でも精神疾患を発症するような強い負荷がかかった場合のみを認定し、そうでなければ本人が負荷に対して脆弱であったのだと認定しません。
これは「脆弱性理論」というものです。
これら困難な条件のため、精神疾患の労災認定率はわずか29%です。
しかし、厚生労働省も現認定基準では審査時間も8.7ヶ月と相当長く、審査できる件数も少ないために基準を見直そうと、昨年10月より専門検討会が開かれています。
認定でいろいろ問題があったセクシュアル・ハラスメントケースについても、分科会が開かれ検討がされました。
それら経過などについて、先月、文章を書いたので、以下に紹介します。
労働安全衛生センターの機関誌に掲載したものなので、労災の知識がないと分かりにくいかもしれませんが。
文章も長くてすみません。(一応記事の前半部分のみです。後半の昨年度の認定状況についての解説部分も読みたい方があれば個別連絡ください。)
興味のある方のみ、どうぞ。

(関西労働安全センター「関西労災職業病」2011年6月号より)
神障害の認定基準の大幅な運用改善の可能性
セクハラ分科会が報告書をまとめる

精神障害の認定基準について、昨年10月より、専門検討会が行われている。
今回の検討会は、現在決定まで平均8.7ヶ月かかっていることから、審査の迅速化を目的としている。
認定基準を具体化や明確化して迅速化をはかるため、複数の出来事があった場合の強度の評価、長時間労働についての
評価方法を取り決められないか議論する一方、迅速化のみにとどまらず、現認定基準が評価する出来事は発症前おおむね6か月以内と
している点や、既存の精神障害が悪化した場合の取扱い、治ゆや再発の考え方なども論点に上がっている。また、資料に被災者支援を
行ってきた団体からの要望書を入れるなど、幅広く議論を行う姿勢が見られる。
とりわけ、セクシュアルハラスメントについては別に分科会が設けられ、2011年2月より5回の検討会が開かれた。
5回目の6月23日に「セクシュアルハラスメント事案に係る分科会報告書」のたたき台
http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000001ggp0-att/2r9852000001ggsp.pdf)が出され、最終議論を終えた。
参集者は、戒能民江お茶の水大学教授、加茂登志子東京女子医科大学女性生涯健康センター所長、水島郁子大阪大学大学院准教授
といった女性問題の専門家が入り、残り2人は親検討会の委員である黒木宣夫東邦大学医療センター佐倉病院精神医学研究室教授と
山口浩一上智大学名誉教授で、山口氏が座長を勤めた。
報告書は、「はじめに」でセクシュアルハラスメント事案の特有の事情から、それを踏まえた基準や運用のあり方を検討するとしたうえで、
主に認定基準のあり方と運用面の2点について詳しくまとめられた。
その内容は、これまでのどのような内容のセクシュアルハラスメントに対しても、一様に負荷評価強度「Ⅱ」を当てはめてきたやり方が、
大きく変わるものである。「セクシュアルハラスメント」と言ってもその内容は多様で、事案によってもそれぞれ内容が異なり、
これまでの審査はそれに対応したものではなかった。その内容や、セクハラをきっかけに職場の人間関係が悪化するなど出来事が
連続して起こった場合などの評価の仕方などが検討された。また、被災者本人からの聴取には精神状態や人権に最大限の注意や配慮を
必要とするなどセクハラ特有の問題が考慮されるよう運用面でも細かな対応を求めている。
まず大きく変わる点は、強姦や本人の意思を抑圧して行われたわいせつ行為など特に心理的負荷が強い出来事は、「特別な出来事」と定めること。
「特別な出来事」とは該当すればそれだけで心理的負荷は「強」とされ労災認定される。
また、身体接触を含むセクシュアルハラスメントで継続して行われた事案、継続していなくても会社の適切な対応がなかったり、
職場の人間関係が悪化した事案、性的発言のみでも人格否定の発言であったり継続していた事案などは強度ⅡからⅢへ修正する。
逆に「ちゃん」づけで呼んだり、水着のポスターを掲示するなどは強度Ⅰに修正するとされた。
個々での議論で、強度を重く修正する場合は例示するのは分かるが、修正しないものまで例を示す必要があるのかという疑問が出されたが、
検討した内容として報告はしておいて親委員会に判断を任す方向となった。
また、セクハラに限らず、対象とする出来事を発症のおおむね6か月前とする基準について、セクハラ分科会でも論点に上がっていたが、
これまでにの事例を検討した結果、6ヶ月以上前に出来事があった場合でも、その後も出来事が継続して発症前6か月以内まで続いていたり、
出来事の直後に心的まひや解離などの心理的反応が生じていたため、医師の診察を受けるまでに6ヶ月以上かかってしまった例などで、
前者は続けて起こった出来事を一体のものとして判断し、後者は発症時期が出来事の直後と推測されるので、発症前6ヶ月の基準でも問題ないとの結論だった。
ただし、加茂委員より、遅発性のPTSDの問題があり、それについては医学的にも判断が難しく、今後の検討が必要な可能性があるとの発言があった。
セクハラ事案のみに限らず、6か月という期間についてはやはり、今後も検討が必要ではないだろうか。
さらに、被害者は勤務の継続やハラスメントの軽減のために加害者に迎合するメールを送ったり、誘いを受け入れたりすることがあること、
出来事後すぐに行動しなかったり、医療機関にかからなかったからといって、心理的負荷が弱いと判断するべきでないこと、
上司からの行為は心理的負荷を強める要素とすることなどが留意事項とされた。
運用については、制度の周知や窓口対応の改善、職員の研修、調査での聴取のあり方、とくに生育歴などあまり必要のないことを
細かに聴取しないようにということも入れられた。
戒能委員からは報告書の中でも書かれた、セクシュアルハラスメントは現在「対人関係のトラブル」という類型とされているが、
対人関係の相互性の中で生じるものに限らないという事情を考慮して独立した項目とすることを検討するべきであることと、
労災認定に当たる職員の研修と今後適切に運用されているかの事後評価をやることの2点を特に主張されていた。
今回のセクシュアルハラスメント分科会報告書は、まだまだ検討事項を残したが、女性問題に詳しい委員の健闘により少ない回数で
あったにもかかわらず、大幅に改善され、これまでまったく考慮されなかった点について細かく配慮があるものとなった。
報告書は親検討会である「精神障害の労災認定の基準に関する専門検討会」で認定基準への盛り込み方が検討される。
親検討会のほうもすでに6回の議論がされている。基本的には、認定にあたり本人の病気に対する素因を問う「脆弱性理論」は変えないなど、
これまでの認定基準の考え方はそのままであることを前提としているが、長時間労働自体を出来事と採用するか、
既存症がある場合の悪化を業務上とするかどうか、治ゆ・再発の考え方などかなり幅広く議論にがっている。
現行の負荷評価表に手を加え、また運用面で事例を明示するなどの改定となる予定である。