ストレスチェック制度いよいよ その7

しばらく間が空いてしまいましたが、ストレスチェック制度の続きです。
(「関西労災職業病」2015年11-12月号より)


ストレスチェック制度にどう取り組むか(5)
医師の面接指導はどう進めるか


誰が高ストレス者かは
実施者にしかわからない

ストレスチェック心理的な負担の程度を把握するための検査)の結果、一定の要件に入る人で、
受けることを希望した労働者に、医師による面接指導を行わなければならない。
法律は次のように記述されている。

労働安全衛生法第66条の10第3項
事業者は、前項の規定による通知を受けた労働者であって、心理的な負担の程度が労働者の健康の保持を考慮して
厚生労働省令で定める要件に該当するものが医師による面接指導を受けることを希望する旨を申し出たときは、
当該申出をした労働者に対し、厚生労働省令で定めるところにより、医師による面接指導を行わなければならない。
この場合において、事業者は、労働者が当該申出をしたことを理由として、当該労働者に対し、不利益な取扱いをしてはならない。

この中の「厚生労働省令で定める要件に該当するもの」というのは、労働安全衛生規則(以下「安衛則」)で
次のように定めている。

(面接指導の対象となる労働者の要件)
安衛則第52条の15 法第66条の10第3項の厚生労働省令で定める要件は、検査の結果、
心理的な負担の程度が高い者であって、同項に規定する面接指導(以下この節において「面接指導」という。)
を受ける必要があると当該検査を行った医師等が認めたものであることとする。

前回紹介した職業性ストレス簡易調査票等の結果、高ストレス状態にあると判定できるということと、
実施者が面接指導を行う必要があると認めたものという二つの要件に該当するものということになる。
ここで問題となるのは、医師による面接指導を行うのは事業者であるけれど、申し出ることができる、
つまり対象となる要件を満たす労働者が誰かという情報は、実施者にしかわからないということである。
つまり、当該の高ストレス状態にある労働者は、実施者である医師等から「面接指導を受けた方がいいですよ」
と勧奨されたので、面接指導を実施する事業者に申し出るのだけれど、その申し出られた事業者の方は情報がなく
「なんでアンタが?」となるわけだ。
この点、どういう手続きの進め方をするのかについては、指針のなかで「事業者は、
労働者から面接指導の申出があったときは、当該労働者が面接指導の対象となる者かどうかを確認するため、
当該労働者からストレスチェック結果を提出させる方法のほか、実施者に当該労働者の要件への該当の有無を
確認する方法によることができるものとする。」としている。
実施者が勧奨した「通知書」の類を提出すれば対象者であることが分かるし、そうでないときは、
申し出があるたびに実施者に問い合わせるということになるわけだ。
少なくとも「だれが対象者か一覧表を実施者が持つ」などという対応はあり得ないのだから、
手順については社内規定などで定めておく必要があることになる。
また、高ストレス者の判定のために実施者が面接を行い、その延長線上での産業保健活動として
実質的にストレスチェックを踏まえた医師による面接指導を行ったという場合があり得る。
この場合、労働者自身のストレス対策にとどまる場合はそのままでも問題はないが、
事業者に情報提供して記録し、職場での配慮など意見を述べる必要があれば、
この制度による面接指導に切り替えるという手続きが可能となる。
ただし、その場合には切り替える前にその旨を当該の労働者自身から
了解をとらなければならないこととなる。


面接指導の申し出情報の
管理は誰がするのか

つぎに面接指導の実施方法等について、安衛則は次の通り定める。

(面接指導の実施方法等)
安衛則第52条の16 法第66条の10第3項の規定による申出(以下この条及び次条において「申出」という。)は、
前条の要件に該当する労働者が検査の結果の通知を受けた後、遅滞なく行うものとする。
2 事業者は、前条の要件に該当する労働者から申出があったときは、遅滞なく、面接指導を行わなければならない。
3 検査を行った医師等は、前条の要件に該当する労働者に対して、申出を行うよう勧奨することができる。
(面接指導における確認事項)
第52条の17 医師は、面接指導を行うに当たっては、申出を行った労働者に対し、
第52条の9各号に掲げる事項のほか、次に掲げる事項について確認を行うものとする。
① 当該労働者の勤務の状況
② 当該労働者の心理的な負担の状況
③ 前号に掲げるもののほか、当該労働者の心身の状況

面接指導を受けることを希望する申し出は、書面や電子メールで行い、その記録を5年間残すことと、
厚生労働省のマニュアルは記述している。
個々の労働者のストレスチェックの結果を事業者に伝える条件として、
労働者の同意の取得等について定めた安衛則52条の13は、「書面又は電磁的記録によらなければならない。」
とし5年間の保存を義務付ける。
面接指導の申し出も、安衛則に改めて記述されているわけではないが、同等の運用を求めているわけだ。
これらの記録と保存は、当然、実施者が行うわけで、情報が提供される側の事業者はタッチしないはずなのだが、
現実的に考えると実施者は産業医であったり外部の受託者であったりするわけで、
結局これらのデータは、産業医を含む実務担当者だけが知りえる情報として事業場内で管理するということになる。
ストレスチェックは、質問に対して該当する答えを選ぶという方法で実施するだけなので、
おのずと労働者自身の自覚の範囲での評価になる。
その後の面接指導に期待されるのは、こうした自覚されたストレス反応への対処行動の手助けということになる。
病気の可能性がある人を選んで、必要な場合に専門医への受診につなげるというのとは、
まるで趣旨が違うことに注意しておく必要がある。
面接指導を行う医師は、ストレスチェックの結果を精査してストレスの要因について聞き取って
対応するというのが原則となる。
高ストレス状況では、その要因が職場内に存在することを想定して内容を把握、
実現可能な対応を優先して促す観点での対応となる。
こうした基本的な対応を考えると、面接指導を実施する医師として適当なのは、
当該事業場の状況を知っている産業医ということになるが、現実的に今回の改正以降、
そのような対応が可能な産業医がどのぐらいいるかというとはなはだ心もとない。
その意味では、今回の改正は産業医制度の今後をどうするかという根本問題を提起するものともいえる。


面接指導担当医師が
確認すべき項目と対応

面接指導においては、ストレスチェックの調査票ですでに労働者が答えた3項目以外に
医師が確認すべき項目を安衛則第52条の17で定めている。
あらためて調査票の3項目は次の通りだった。
・職場における当該労働者の心理的な負担の原因に関する項目
・当該労働者の心理的な負担による心身の自覚症状に関する項目
・職場における他の労働者による当該労働者への支援に関する項目
医師が確認する項目として、一つ目に当該労働者の勤務状況をあげている。
事業者は面接指導時に、医師に当該労働者の労働時間、業務の内容等について情報を提供することが必要で、
医師はその情報等をもとにストレス要因となりうる職場の人間関係や業務の変化、
他の労働者の当該労働者への支援の状況について確認をすることになる。
二つ目には心理的な負担の状況で、ストレスチェックの結果をもとに抑うつ症状等について把握する。
必要に応じて、うつ病のスクリーニング検査などを行うこともある。
厚生労働省のマニュアルには、いくつかの手法が紹介され、脳心臓疾患の労災認定基準で用いられている
長時間労働者の負荷要因(表1参照)や精神障害の労災認定基準にある心理的負荷評価表も
参考にできるものとしてあげている。
またうつ病の可能性をはかるものとして構造化面接法も紹介されている(表2)。



そして、過去の健診結果や現在の生活状況を確認し、ストレス対処指導などの保健指導を行い、
必要な場合には専門機関の受診の勧奨と紹介を行う。
面接指導の結果を踏まえた評価や対応の検討にあたって医師が留意することとして、
厚生労働省のマニュアルは次のように記述している。少し長くなるが引用する。

・ 職場内環境がストレス要因となっている場合には、対象者のストレスの要因となる因子について傾聴し、
その原因について特定することが必要です。もし、労働者自身が解決できない職場環境が問題となっているのであれば、
職場で取り組むべき課題として対応することになります。産業医を含む産業保健スタッフが
対応可能であれば改善できますが、職場に内在する課題であれば、職場の管理監督者の協力が
必要となる場合があります。そのような場合には、本人の了解を得て、管理監督者を含めた
別途面談などにおいて問題点を話し合い、その解決に向けて対応することになります。
しかし、本人の同意が得られない場合には、職場巡視などを通じて職場環境の改善について
助言、指導することにならざるを得ません。この場合、本人が特定されないような配慮や
工夫が求められることはいうまでもありません。
・ 新しい職場に異動した後に高ストレスと判定された場合には、新しい職務に慣れていないこと、
職務の時間配分がうまくいかないことなどから時間外労働や休日労働が増加していること、
通勤時間が長くなったこと、さらには、家庭内での問題が同時に発生していること、などが
相俟って高ストレスとなっている場合が見受けられます。このような場合には、一定の期間、
時間外労働や休日労働を制限することで高ストレス状況が改善することもあります。
迅速な職務上の配慮が、メンタルヘルス不調の発症ならびに長期の休職を防止することに
つながる可能性は高いといえます。就業上の措置について、面接指導を担当する医師が、
高ストレス者の管理監督者の理解を得るように情報を提供することが求められます。
・ 上司や同僚との人間関係やコミュニケーションの問題が発生している場合には、
直属の上司との面談は本人の同意が得られない場合が多いことから、本人の同意を得た上で
人事担当者などの協力を得て解決策を見出すことが求められることになります。保健指導や
カウンセリング等が必要となる場合もあります。
・ 職務不適応に起因する高ストレス判定であると推察される場合には、対象者から職務の変更を
求める発言がなされますが、異動については人事上の課題であることから人事担当者との詳細な打ち合わせが
必要となる一方、異動そのものがさらに現状のストレス状況を緩和しない場合もあることなどについて
説明することも必要です。本人の強い異動願望があったとしても新たな職務に十分適応できるかどうかの判断は
難しいといえます。できれば職務の内容について管理監督者を交えて配慮可能かどうかをまず検討し、
その後職務不適応状況が継続するようであれば、異動について検討することになります。

面接指導を担当する医師が、個々の労働者ごとに状況に応じた適切な対応を行うことが求められており、
その対応に効果を持たせるためには、所属職場での理解や人事部門でのサポートなど適切な対応が必要となる。
面接指導以降の対応としては、担当医師、スタッフ等がストレスチェック制度の流れを十分に
理解したうえで進めていかねばならないだろう。
以上のような対処のあと、労働者本人への指導・助言については次のように記述している。

・ まず、心の健康に関する情報は機微な情報であることに留意し、傾聴する姿勢が重要です。
ストレスの要因は、業務外の出来事も含め、多岐にわたります。事前の資料情報とともにその場で
聴取した状況から医学的に評価した結果をもとに、対象者に対して、生活上、
産業保健上の観点から具体的に指導・助言します。
・ 可能な範囲で、労働者の相談に乗り、必要なアドバイスをし、早期解決を目指してサポートします。
相談には、医師の産業保健上の知識や経験のみならず、ストレス反応、ストレッサー、
ストレスコーピングに関する知識や経験も重要です。また、対象者はストレス症状を呈するほど
高ストレス状態にあるため、例えば身体症状のみが前面に出て自覚がない場合、
極端に深刻に受け止める場合、他罰的な反応を示す場合など、指導・助言に対する反応も一様ではありません。
・ 面接指導による評価は、あくまでもセルフケアの指導・助言と専門医療機関への受診勧奨の要否を
判定するにとどまり、うつ病等の診断を行うものではありません。面接指導の結果によっては、
専門医療機関への受診を勧め、必要であれば、紹介状を作成します。既に受診中の場合には
継続的受診を指導します。受診勧奨においても対象者が受診の必要性を十分理解できるよう
対象者に合わせた説明が重要です。疲労抑うつ、不安などが業務に関連しない個人的な要因によると
認められる場合にも、ストレスの程度を判定して、必要な助言、
保健指導や事業場外の支援機関の紹介等を行います。


面接指導の報告書・意見書
ストレス要因対策に活かせるか

厚生労働省はこの11月に「長時間労働者、高ストレス者の面接指導に関する報告書・意見書作成マニュアル」を
作成し、公表している。
もともと前の労働安全衛生法改正により「時間外・休日労働時間が1か月あたり100時間以上の者で
疲労の蓄積が認められるもの」という要件の長時間労働者への面接指導が設けられ(労働安全衛生法第66条の8)、
さらに今回の改正で、高ストレス者の面接指導が新設されたわけである。
この両方の面接指導は別の制度であり、対象や職場への着眼点が異なるということもあるが、
通常同一職場であれば、担当する医師は同一であることが想定されるため、報告書と意見書を
同一の用紙に配置したものを、「長時間労働者用」、「高ストレス者用」、
「兼用」の3種を例示するものとなっている。(表3は「高ストレス者用」)
産業医の職務は、面接指導2つが義務化されたことにより、大幅に増えており、
以前のようにめったに来ない顧問としての地位をはるかに超えて、「職場の状況を熟知している専門家」
としての役割が期待されるようになっている。
その意味では、このマニュアルのような支援ツールが今後も役割を果たすことになるだろう。


小規模事業場対策はどうする?
ほとんど意味ない助成金制度

ストレスチェック制度は、50人未満の事業場では義務付けはなく、努力義務とされている。
そこで厚生労働省助成金制度を作り、50人未満であってもストレスチェック制度
取り組む事業場を支援することとした。しかし、もともと集団分析など職場改善策につなげる制度としての
設計が弱いうえに、インセンティブ措置としての助成金も効果に疑問符が付くところだ。
今回の助成金を見ると、要件は50人未満であり同一の都道府県にある複数の小規模事業場を含む
事業場で集団を構成していて、産業医を合同で選任してストレスチェックに係る産業医活動を
行わせることなどが決まっているという要件が前提となっている。
そして団体の登録期限は12月10日で、助成金額は1従業員につき500円、
産業医1回の活動につき21,500円(上限3回)となっている。
こんな制度に誰が応募するのか、制度が作られたこと自体、ちょっと信じ難いのである。
ひょっとするとあらかじめ大手事業場の協力会などの候補があらかじめあって、
それを想定したものなのだろうか。
いずれにしろ、メンタルヘルス対策の一次予防の取り組みについて、
企業間格差問題は今後も大きな課題として残るだろう。
もし、ストレスチェック制度が今後幸いにもうまく機能する場面が多くなれば、
全労働者の6割を占める小規模事業場のメンタルヘルス対策問題はますます強調されることになるだろう。