ストレスチェック制度いよいよ その7

しばらく間が空いてしまいましたが、ストレスチェック制度の続きです。
(「関西労災職業病」2015年11-12月号より)


ストレスチェック制度にどう取り組むか(5)
医師の面接指導はどう進めるか


誰が高ストレス者かは
実施者にしかわからない

ストレスチェック心理的な負担の程度を把握するための検査)の結果、一定の要件に入る人で、
受けることを希望した労働者に、医師による面接指導を行わなければならない。
法律は次のように記述されている。

労働安全衛生法第66条の10第3項
事業者は、前項の規定による通知を受けた労働者であって、心理的な負担の程度が労働者の健康の保持を考慮して
厚生労働省令で定める要件に該当するものが医師による面接指導を受けることを希望する旨を申し出たときは、
当該申出をした労働者に対し、厚生労働省令で定めるところにより、医師による面接指導を行わなければならない。
この場合において、事業者は、労働者が当該申出をしたことを理由として、当該労働者に対し、不利益な取扱いをしてはならない。

この中の「厚生労働省令で定める要件に該当するもの」というのは、労働安全衛生規則(以下「安衛則」)で
次のように定めている。

(面接指導の対象となる労働者の要件)
安衛則第52条の15 法第66条の10第3項の厚生労働省令で定める要件は、検査の結果、
心理的な負担の程度が高い者であって、同項に規定する面接指導(以下この節において「面接指導」という。)
を受ける必要があると当該検査を行った医師等が認めたものであることとする。

前回紹介した職業性ストレス簡易調査票等の結果、高ストレス状態にあると判定できるということと、
実施者が面接指導を行う必要があると認めたものという二つの要件に該当するものということになる。
ここで問題となるのは、医師による面接指導を行うのは事業者であるけれど、申し出ることができる、
つまり対象となる要件を満たす労働者が誰かという情報は、実施者にしかわからないということである。
つまり、当該の高ストレス状態にある労働者は、実施者である医師等から「面接指導を受けた方がいいですよ」
と勧奨されたので、面接指導を実施する事業者に申し出るのだけれど、その申し出られた事業者の方は情報がなく
「なんでアンタが?」となるわけだ。
この点、どういう手続きの進め方をするのかについては、指針のなかで「事業者は、
労働者から面接指導の申出があったときは、当該労働者が面接指導の対象となる者かどうかを確認するため、
当該労働者からストレスチェック結果を提出させる方法のほか、実施者に当該労働者の要件への該当の有無を
確認する方法によることができるものとする。」としている。
実施者が勧奨した「通知書」の類を提出すれば対象者であることが分かるし、そうでないときは、
申し出があるたびに実施者に問い合わせるということになるわけだ。
少なくとも「だれが対象者か一覧表を実施者が持つ」などという対応はあり得ないのだから、
手順については社内規定などで定めておく必要があることになる。
また、高ストレス者の判定のために実施者が面接を行い、その延長線上での産業保健活動として
実質的にストレスチェックを踏まえた医師による面接指導を行ったという場合があり得る。
この場合、労働者自身のストレス対策にとどまる場合はそのままでも問題はないが、
事業者に情報提供して記録し、職場での配慮など意見を述べる必要があれば、
この制度による面接指導に切り替えるという手続きが可能となる。
ただし、その場合には切り替える前にその旨を当該の労働者自身から
了解をとらなければならないこととなる。


面接指導の申し出情報の
管理は誰がするのか

つぎに面接指導の実施方法等について、安衛則は次の通り定める。

(面接指導の実施方法等)
安衛則第52条の16 法第66条の10第3項の規定による申出(以下この条及び次条において「申出」という。)は、
前条の要件に該当する労働者が検査の結果の通知を受けた後、遅滞なく行うものとする。
2 事業者は、前条の要件に該当する労働者から申出があったときは、遅滞なく、面接指導を行わなければならない。
3 検査を行った医師等は、前条の要件に該当する労働者に対して、申出を行うよう勧奨することができる。
(面接指導における確認事項)
第52条の17 医師は、面接指導を行うに当たっては、申出を行った労働者に対し、
第52条の9各号に掲げる事項のほか、次に掲げる事項について確認を行うものとする。
① 当該労働者の勤務の状況
② 当該労働者の心理的な負担の状況
③ 前号に掲げるもののほか、当該労働者の心身の状況

面接指導を受けることを希望する申し出は、書面や電子メールで行い、その記録を5年間残すことと、
厚生労働省のマニュアルは記述している。
個々の労働者のストレスチェックの結果を事業者に伝える条件として、
労働者の同意の取得等について定めた安衛則52条の13は、「書面又は電磁的記録によらなければならない。」
とし5年間の保存を義務付ける。
面接指導の申し出も、安衛則に改めて記述されているわけではないが、同等の運用を求めているわけだ。
これらの記録と保存は、当然、実施者が行うわけで、情報が提供される側の事業者はタッチしないはずなのだが、
現実的に考えると実施者は産業医であったり外部の受託者であったりするわけで、
結局これらのデータは、産業医を含む実務担当者だけが知りえる情報として事業場内で管理するということになる。
ストレスチェックは、質問に対して該当する答えを選ぶという方法で実施するだけなので、
おのずと労働者自身の自覚の範囲での評価になる。
その後の面接指導に期待されるのは、こうした自覚されたストレス反応への対処行動の手助けということになる。
病気の可能性がある人を選んで、必要な場合に専門医への受診につなげるというのとは、
まるで趣旨が違うことに注意しておく必要がある。
面接指導を行う医師は、ストレスチェックの結果を精査してストレスの要因について聞き取って
対応するというのが原則となる。
高ストレス状況では、その要因が職場内に存在することを想定して内容を把握、
実現可能な対応を優先して促す観点での対応となる。
こうした基本的な対応を考えると、面接指導を実施する医師として適当なのは、
当該事業場の状況を知っている産業医ということになるが、現実的に今回の改正以降、
そのような対応が可能な産業医がどのぐらいいるかというとはなはだ心もとない。
その意味では、今回の改正は産業医制度の今後をどうするかという根本問題を提起するものともいえる。


面接指導担当医師が
確認すべき項目と対応

面接指導においては、ストレスチェックの調査票ですでに労働者が答えた3項目以外に
医師が確認すべき項目を安衛則第52条の17で定めている。
あらためて調査票の3項目は次の通りだった。
・職場における当該労働者の心理的な負担の原因に関する項目
・当該労働者の心理的な負担による心身の自覚症状に関する項目
・職場における他の労働者による当該労働者への支援に関する項目
医師が確認する項目として、一つ目に当該労働者の勤務状況をあげている。
事業者は面接指導時に、医師に当該労働者の労働時間、業務の内容等について情報を提供することが必要で、
医師はその情報等をもとにストレス要因となりうる職場の人間関係や業務の変化、
他の労働者の当該労働者への支援の状況について確認をすることになる。
二つ目には心理的な負担の状況で、ストレスチェックの結果をもとに抑うつ症状等について把握する。
必要に応じて、うつ病のスクリーニング検査などを行うこともある。
厚生労働省のマニュアルには、いくつかの手法が紹介され、脳心臓疾患の労災認定基準で用いられている
長時間労働者の負荷要因(表1参照)や精神障害の労災認定基準にある心理的負荷評価表も
参考にできるものとしてあげている。
またうつ病の可能性をはかるものとして構造化面接法も紹介されている(表2)。



そして、過去の健診結果や現在の生活状況を確認し、ストレス対処指導などの保健指導を行い、
必要な場合には専門機関の受診の勧奨と紹介を行う。
面接指導の結果を踏まえた評価や対応の検討にあたって医師が留意することとして、
厚生労働省のマニュアルは次のように記述している。少し長くなるが引用する。

・ 職場内環境がストレス要因となっている場合には、対象者のストレスの要因となる因子について傾聴し、
その原因について特定することが必要です。もし、労働者自身が解決できない職場環境が問題となっているのであれば、
職場で取り組むべき課題として対応することになります。産業医を含む産業保健スタッフが
対応可能であれば改善できますが、職場に内在する課題であれば、職場の管理監督者の協力が
必要となる場合があります。そのような場合には、本人の了解を得て、管理監督者を含めた
別途面談などにおいて問題点を話し合い、その解決に向けて対応することになります。
しかし、本人の同意が得られない場合には、職場巡視などを通じて職場環境の改善について
助言、指導することにならざるを得ません。この場合、本人が特定されないような配慮や
工夫が求められることはいうまでもありません。
・ 新しい職場に異動した後に高ストレスと判定された場合には、新しい職務に慣れていないこと、
職務の時間配分がうまくいかないことなどから時間外労働や休日労働が増加していること、
通勤時間が長くなったこと、さらには、家庭内での問題が同時に発生していること、などが
相俟って高ストレスとなっている場合が見受けられます。このような場合には、一定の期間、
時間外労働や休日労働を制限することで高ストレス状況が改善することもあります。
迅速な職務上の配慮が、メンタルヘルス不調の発症ならびに長期の休職を防止することに
つながる可能性は高いといえます。就業上の措置について、面接指導を担当する医師が、
高ストレス者の管理監督者の理解を得るように情報を提供することが求められます。
・ 上司や同僚との人間関係やコミュニケーションの問題が発生している場合には、
直属の上司との面談は本人の同意が得られない場合が多いことから、本人の同意を得た上で
人事担当者などの協力を得て解決策を見出すことが求められることになります。保健指導や
カウンセリング等が必要となる場合もあります。
・ 職務不適応に起因する高ストレス判定であると推察される場合には、対象者から職務の変更を
求める発言がなされますが、異動については人事上の課題であることから人事担当者との詳細な打ち合わせが
必要となる一方、異動そのものがさらに現状のストレス状況を緩和しない場合もあることなどについて
説明することも必要です。本人の強い異動願望があったとしても新たな職務に十分適応できるかどうかの判断は
難しいといえます。できれば職務の内容について管理監督者を交えて配慮可能かどうかをまず検討し、
その後職務不適応状況が継続するようであれば、異動について検討することになります。

面接指導を担当する医師が、個々の労働者ごとに状況に応じた適切な対応を行うことが求められており、
その対応に効果を持たせるためには、所属職場での理解や人事部門でのサポートなど適切な対応が必要となる。
面接指導以降の対応としては、担当医師、スタッフ等がストレスチェック制度の流れを十分に
理解したうえで進めていかねばならないだろう。
以上のような対処のあと、労働者本人への指導・助言については次のように記述している。

・ まず、心の健康に関する情報は機微な情報であることに留意し、傾聴する姿勢が重要です。
ストレスの要因は、業務外の出来事も含め、多岐にわたります。事前の資料情報とともにその場で
聴取した状況から医学的に評価した結果をもとに、対象者に対して、生活上、
産業保健上の観点から具体的に指導・助言します。
・ 可能な範囲で、労働者の相談に乗り、必要なアドバイスをし、早期解決を目指してサポートします。
相談には、医師の産業保健上の知識や経験のみならず、ストレス反応、ストレッサー、
ストレスコーピングに関する知識や経験も重要です。また、対象者はストレス症状を呈するほど
高ストレス状態にあるため、例えば身体症状のみが前面に出て自覚がない場合、
極端に深刻に受け止める場合、他罰的な反応を示す場合など、指導・助言に対する反応も一様ではありません。
・ 面接指導による評価は、あくまでもセルフケアの指導・助言と専門医療機関への受診勧奨の要否を
判定するにとどまり、うつ病等の診断を行うものではありません。面接指導の結果によっては、
専門医療機関への受診を勧め、必要であれば、紹介状を作成します。既に受診中の場合には
継続的受診を指導します。受診勧奨においても対象者が受診の必要性を十分理解できるよう
対象者に合わせた説明が重要です。疲労抑うつ、不安などが業務に関連しない個人的な要因によると
認められる場合にも、ストレスの程度を判定して、必要な助言、
保健指導や事業場外の支援機関の紹介等を行います。


面接指導の報告書・意見書
ストレス要因対策に活かせるか

厚生労働省はこの11月に「長時間労働者、高ストレス者の面接指導に関する報告書・意見書作成マニュアル」を
作成し、公表している。
もともと前の労働安全衛生法改正により「時間外・休日労働時間が1か月あたり100時間以上の者で
疲労の蓄積が認められるもの」という要件の長時間労働者への面接指導が設けられ(労働安全衛生法第66条の8)、
さらに今回の改正で、高ストレス者の面接指導が新設されたわけである。
この両方の面接指導は別の制度であり、対象や職場への着眼点が異なるということもあるが、
通常同一職場であれば、担当する医師は同一であることが想定されるため、報告書と意見書を
同一の用紙に配置したものを、「長時間労働者用」、「高ストレス者用」、
「兼用」の3種を例示するものとなっている。(表3は「高ストレス者用」)
産業医の職務は、面接指導2つが義務化されたことにより、大幅に増えており、
以前のようにめったに来ない顧問としての地位をはるかに超えて、「職場の状況を熟知している専門家」
としての役割が期待されるようになっている。
その意味では、このマニュアルのような支援ツールが今後も役割を果たすことになるだろう。


小規模事業場対策はどうする?
ほとんど意味ない助成金制度

ストレスチェック制度は、50人未満の事業場では義務付けはなく、努力義務とされている。
そこで厚生労働省助成金制度を作り、50人未満であってもストレスチェック制度
取り組む事業場を支援することとした。しかし、もともと集団分析など職場改善策につなげる制度としての
設計が弱いうえに、インセンティブ措置としての助成金も効果に疑問符が付くところだ。
今回の助成金を見ると、要件は50人未満であり同一の都道府県にある複数の小規模事業場を含む
事業場で集団を構成していて、産業医を合同で選任してストレスチェックに係る産業医活動を
行わせることなどが決まっているという要件が前提となっている。
そして団体の登録期限は12月10日で、助成金額は1従業員につき500円、
産業医1回の活動につき21,500円(上限3回)となっている。
こんな制度に誰が応募するのか、制度が作られたこと自体、ちょっと信じ難いのである。
ひょっとするとあらかじめ大手事業場の協力会などの候補があらかじめあって、
それを想定したものなのだろうか。
いずれにしろ、メンタルヘルス対策の一次予防の取り組みについて、
企業間格差問題は今後も大きな課題として残るだろう。
もし、ストレスチェック制度が今後幸いにもうまく機能する場面が多くなれば、
全労働者の6割を占める小規模事業場のメンタルヘルス対策問題はますます強調されることになるだろう。

ストレスチェック制度いよいよ その6

ストレスチェック制度にどう取り組むか(4)
(関西労災職業病2015年10月号より)

高ストレス者をどう選ぶのか

労働安全衛生規則は、検査の内容となる事項を指定している。
①職場における当該労働者の心理的な負担の原因に関する項目、
②当該労働者の心理的な負担による心身の自覚症状に関する項目、
③職場における他の労働者による当該労働者への支援に関する項目の3つである。
この3つの項目について記載した調査票を用いて、
労働者の心理的な負担の程度を把握する作業が事業者に義務づけられ、
その結果、高ストレス者と判断される労働者については、
医師による面接指導を受けることを勧奨するということになる。
条件を満たせばこの調査票はどのようなものであってもよいことになるが、
現実には、ストレス状況の把握ができるものでなければならないのだから、
範囲は絞られる。
厚生労働省の指針は、「職業性ストレス簡易調査票」(表1)を用いることが
望ましいと指定しており、この57項目(簡易版では23項目)の調査票にもとづいた
評価方法が示されている。
ここではマニュアルに示された高ストレス者の評価方法について紹介する。

表1

心身の自覚症状など点数化で
高ストレス者を選定

57の質問項目への答えを点数化して評価するのだが、
まず、どう点数をつけるのかに気を付けておかねばならない前提がある。
質問への答えが肯定であるときと否定であるときに評価が
質問内容によって反対になる場合があるということだ。
たとえばAの1で「非常にたくさんの仕事をしなければならない」に、
4段階のうち「そうだ」と答え、ストレスが高いとして4点としたとき、
Aの8の「自分のペースで仕事ができる」に同じく「そうだ」と答えた場合、
逆にストレスが低いほうに評価しなければならないから逆の評価をして
1点にしなければならない。
そのようにして57項目の質問の点数の付け方の前提としては、
Aの項目では、1〜7、11〜13、15の質問で「そうだ」を高ストレスと評価して4点、
他の質問では逆に「ちがう」を高ストレスと評価して4点と評価する。
Bの項目では1〜3で「ほとんどなかった」を高ストレスとして4点、
それ以外では「ほとんどいつもあった」を4点と評価する。
Cについては、すべての質問で「全くない」を4点とする。
このようにして点数化した回答を、質問領域ごとに合計して、
点数が高く、一定の基準を超えた人を高ストレス者として評価する
というのがマニュアルで推奨されている一つの方法だ。

労働者一人一人の
ストレスプロフィール評価も

もう一つの方法として、素点換算表(表2)を使う方法が紹介されている。
この評価法は、調査票の57の質問項目をより細かい尺度ごとに分けて、
その合計点数により5段階の評価をするやり方になっている。
Aならば、仕事の負担が1〜3、コントロール度が4〜6、
疲労感が7という具合で、それぞれ合計点数を5段階に振り分けるようになっている。
また、この換算表では、「そうだ」が1点か4点かという振り分けは
あらかじめ表の中で設定されているため、いちいち変換する必要はない。
「計算」の欄には点数の計算方法が書かれている。
たとえば、1〜3の質問が全部「そうだ」という答えになっていたら合計3点なので、
15−3で12点となり、「心理的な仕事の負担(量)」は「高い/多い」と評価されることになる。
そのようにして各尺度について評価ができるが、素点換算表の網掛けがある側がより
高ストレスになるということになる。
そして、この評価が個人ごとにストレスのプロフィールとして表すことができるというわけだ。

表2

さらに、この素点評価表に評価点を割り振ったのが表3である。
この評価点を領域A、B、Cごとに合算することにより、
その労働者のストレス状況を総合評価することになる。
表3では、領域Bの評価点が12点以下であるか、
領域AとCの合計評価点が26点以下であり、
かつBの評価点の合計が17点以下であることを高ストレス者の要件としており、
この例は高ストレス者と判断されることになる。

表3

補足的面接による
評価もあるというが・・・

このように評価方法を記述すると、とてもわかりにくいのだが、
実際に使ってみるとそう複雑でもない。
また、表2の性別にわけた点数の下にある%表示は、
さまざまな業種、職種の労働者約2万5千人のデータベースにもとづく
分布を示したもので、評価時の参考にできるものだ。
とはいえ、単純に57の質問への答えだけで高ストレス者と評価して、
医師による面接指導を勧奨するというのはいかがなものかと考える人も多いだろう。
厚生労働省の指針は、点数のみによる高ストレス者選定以外の方法として
次のような方法にも触れている。
「選定基準に加えて補足的に実施者又は実施者の指名及び指示のもとに
その他の医師、保健師、看護師若しくは精神保健福祉士又は産業カウンセラー
若しくは臨床心理士等の心理職が労働者に面談を行い
その結果を参考として選定する方法も考えられる。
この場合、当該面談は、法第66 条の10第1項の規定による
ストレスチェックの実施の一環として位置付けられる。」
要するにストレスチェックの実施者が、
直接面接して高ストレス者といえるかどうか判断するというわけだ。
ただこの面接は、あくまでも「ストレスチェックの一環」ということになるので、
当該労働者の同意なく、その情報が事業者に伝わってはならないことになる。
いずれにしろ、高ストレス者の選定は、医師による面接指導勧奨に直接つながる作業であり、
きわめて重要であることは明らかだ。
事業者にとってみれば、このストレスチェック制度のうち、
もっとも費用負担が重い面接指導に関わるものである点も運用に影響を及ぼしそうともいえる。

ストレスチェック制度いよいよ その5

ストレスチェック制度の続き
関西労災職業病2015年9月号より


ストレスチェック制度にどう取り組むか(3)

大事な衛生委員会の役割

ストレスチェックを実施する前に、衛生委員会で調査審議する必要があるというのは、
労働安全衛生法が定める安全衛生管理体制の仕組みから見て当然のこと、というのは
誰もが認めるだろう。メンタルヘルス対策が、産業保健の課題の中でも最も重要なものに
なってきているという現代的な事情からも、特に大事だということになるだろう。
ただ、ストレスチェック制度の運用ということから考えると、産業保健の課題ということ
以外に、もう一つ個人情報を扱い、職場のストレス要因という機微に触れる情報を扱う
ということから、その秘密の保持をどう担保するかということが課題となってくる。
そのために、事業場内の第三者的な立場からのチェック機能を果たせるのは、
衛生委員会ということになる。

まずは関係者(衛生委員)が理解

あらためて衛生委員会についての法令上の規定をみておこう。
労働安全衛生法第18条は、労働者数50人以上の事業者に、衛生委員会を設けて、
①労働者の健康障害を防止するための基本となるべき対策、
②労働者の健康の保持増進を図るための基本となるべき対策、
労働災害の原因及び再発防止対策で、衛生に係るものに関すること、
④労働者の健康障害の防止及び健康の保持増進に関する重要事項について、
調査審議させ、事業者に対し意見を述べさせるとしている。
そしてその④は労働安全衛生規則第22条項目が列挙され、その中に
「労働者の精神的健康の保持増進を図るための対策の樹立に関すること」が含まれている。
この規定を根拠として、ストレスチェック制度は衛生委員会での調査審議事項とされるのだが、
指針と実施マニュアルには衛生委員会の役割が大きく強調されている。
まず衛生委員会が、事業の実施を統括管理する者、労働者、産業医及び衛生管理者等で
構成されることから、制度の趣旨を関係者が正しく理解する場としての重要性に期待する。
そして調査審議する項目を列挙する。まず最初にあげるのが、ストレスチェック制度
目的の周知に関することだ。

一次予防という目的の周知

労働者自身のストレスへの気付き及びその対処の支援並びに職場環境の改善を通じて、
メンタルヘルス不調となることを未然に防止する一次予防を目的としており、メンタルヘルス
不調者の発見を一義的な目的としないという趣旨は、健康診断等を担当してきた
産業保健担当者でさえ理解していないことがあり得る。もちろんこの制度が実際に運用されだすと、
この勘違いはなくなるのかもしれないが、担当者でさえ誤解があるような制度の運用にあたっては
まず正確な情報を周知する必要があるといってよい。とくに衛生委員会の労働組合推薦の委員は、
このことに十分留意する必要があるだろう。
次にストレスチェック制度の実施体制である。誰が実施するのか、つまりチェックの結果の情報を
扱う責任を持つのは誰なのかを明確に示さねばならない。産業医もしくは産業医を含む複数の
実施者により行われるのであれば、原則は産業医がその代表者となるのかどうか、外部機関が
行うのであればその担当する実施者を明示させる必要がある。

職場改善に生かす集計・分析へ

3つ目に、調査票はどのようなものを使用するのか、そこからストレスの程度を評価する方法を
どうするのか、面接指導の対象とする高ストレス者の選定基準、面接指導の申し出方法、
面接指導の実施場所等の実施方法である。このような項目は、専門家でもない衛生委員が
どのように点検するのか、あるいは追加意見を述べるのかという問題があるかもしれない。
もちろん事業場にふさわしいストレス要因の発見方法等についての議論があればよいのだが、
もしそうでなくとも、チェック項目等に不適当なものがないか、面接指導の勧奨や実施について、
労働者の権利を損なう可能性がある運用が含まれていないかについても注意しておく必要があるだろう。
4つ目に、結果に基づく集計・分析に関する方法についてである。
ストレスチェックは、職場のストレス要因を調べて改善するために行うという、
もっとも大事な目的のために、結果を集計・分析して活かさなければならない。
職業性ストレス簡易調査票を用いた分析方法については、いろいろな事例が報告されていて、
テキストも容易に手に入れることができるが、個々の職場でどう生かすのかは受け止める側の
取り組み次第ということになる。ただただ集計した数値を列挙したものが報告されるだけでは
情報の垂れ流しでしかなく、もし分析の集団規模が細切れなままで行われたら、個々のチェック
結果情報が推測されるなどということにもなりかねない。

受けない選択もあるという周知

次にストレスチェックの受検の有無に関する情報である。健康診断とは異なり、ストレスチェックには
労働者の受検義務はない。指針はできるだけ全員が受検するように勧奨することを旨とするが、
衛生委員会での議論としては、勧奨方法が労働者の不利益につながるものでないかどうかを
少なくともチェックしておく必要があるだろう。たとえばストレスチェックを受けるのが
あたかも義務であるかのような周知がなされ、受けないという選択ができることが分からないのであれば
これは不適当ということになる。
ストレスチェック結果を本人に伝える方法、実施者が高ストレス者に対して面接指導の申し出を
勧奨する方法、集計・分析結果及び面接指導結果の共有方法と共有範囲、本人の同意の取得方法と
実施者が事業者に提供するストレスチェック結果に関する情報の範囲、これらの取り扱いについても、
運用の具体的な方法について透明性を十分に確保しておく必要があることになる。たとえば事業者に
ストレスチェックの個別の結果を提供するなどというのは、必要性が明らかでない限り
認めないこととするのでよいだろう。
ほか、結果の記録について、実施者がどのようにいつまで保存するのかについても
明確にしておく必要がある。
ここまでみて言えることは、衛生委員会での労働組合推薦委員の役割が相当程度
大きいということだろう。職場改善へその結果を生かすためには、衛生委員会での議論に
期待するところは大きいのである。
なお、衛生委員会の議事は開催の都度、その概要を労働者に周知することとされており、
記録については3年間保存することとされている。
次回はストレスの程度の評価と高ストレス者の選定。

ストレスチェック制度いよいよ その4

(関西労災職業病2015年8月号より)

ストレスチェック制度にどう取り組むか(2)


検査項目は三つの領域が要件

労働安全衛生法改正で12月1日より義務付けられるストレスチェックの内容は、
規則の次の条文で要件が規定されている。

労働安全衛生規則第52条の9 事業者は、常時使用する労働者に対し、1年以内ごとに1回、
定期に、次に掲げる事項について法第66条の10 第1項に規定する心理的
負担の程度を把握するための検査を行わなければならない。
① 職場における当該労働者の心理的な負担の原因に関する項目
② 当該労働者の心理的な負担による心身の自覚症状に関する項目
③ 職場における他の労働者による当該労働者への支援に関する項目

法令が求めるのは、①仕事のストレス要因、②心身のストレス反応、③周囲の
サポートの三つの領域について調べることである。
指針や実施マニュアルによると、これらの内容についての質問を並べた調査票に
労働者自ら記入または入力してもらう方法を基本としつつ、補足的に面談も行い
より具体的に個々の労働者のストレスの状況を把握する方法もあり、
それぞれの事業場の実情に応じて適切な方法を選択するとしている。
使用する調査票は、医師等の専門家である実施者の提案や助言、
そして衛生委員会での調査審議を経て、事業者が決定することとなる。
具体的に推奨するとしているのは、「職業性ストレス簡易調査票」(57項目)を
利用することで、また、これを簡略化した23項目の簡易版も紹介されている。
ただ、この調査票はあくまでもモデルであって衛生委員会での審議や各々の判断で
項目を選定することもできるとされる。ただ要件となるのは規則で指定されている
三つの領域の項目をすべて含むといいうことだ。



スクリーニング検査ではない

実施マニュアルでさらに記されているものに、「ストレスチェックに含めることが
不適当な項目」がある。「性格検査」「希死念慮」「うつ病検査」である。
そもそも適性検査や性格検査は、ストレスチェックの目的には明らかに含まれないものだ。
また希死念慮自傷行為に関する項目は、背景事情を含めた評価や対応をとれる体制などが
必要なものであり、目的を逸脱するものとなってしまう。
ストレスチェック精神疾患のスクリーニングではないことを理解したうえで
項目を選定する必要があるといえよう。

健康診断とは明確な区別が必用

それからもう一つ気になるのは、従来の一般定期健康診断(労働安全衛生法第66条に
既定されている)での問診との関係である。
健康診断での医師による問診は、身体症状のみならず精神面の症状も同時に
診ることにより、総合的に心身の健康状況を判断するもので、労働者の健康管理を
目的とするものなら原則として制限されることはない。だから、たとえば健康診断の
ときの問診票をもっと詳しいものにして、三つの領域の項目を含むものにして
ストレスチェックを兼ねてしまうというのはどうだろうか。
健康診断の前提は、実施主体が事業者であり、その結果についても把握する責任は
事業者にあり、記録の義務もある。これに対しストレスチェック制度は、その結果を
事業者は労働者の同意なく知ることはできない。まるで違う制度ということになるので、
健康診断で兼ねてしまうなどというのは全く不可能だということになる。
それ以上に、今度施行される改正労働安全衛生法の第66条では「・・・医師による
健康診断を行わなければならない。」の「健康診断」のあとにカッコ書きで、
「第66条の10第1項に規定する検査を除く。以下この条及び次条において同じ。」
を加えている。
つまり、「仕事のストレス要因」などの3領域の項目を問診票に入れて、
点数化したりして評価するなどということを健康診断の中に取り入れるなどというのは、
この条文に反することになるわけだ。仮にそれが職業性ストレス簡易調査票とは
異なる質問項目を使用したとしても不適当だということになる。
一方、「イライラ感」、「不安感」、「疲労感」、「抑うつ感」、「睡眠不足」、
「食欲不振」などを問診票に入れてその有無を把握するのはストレスチェックには
該当しないということになる。
実際の運用として、比較的小規模な事業場の場合、健康診断を委託している健診機関に
ストレスチェックも委託する場合がありそうだが、そのような場合も明確な区別が必要といえよう。

独自項目、基準は職場環境改善

調査票に事業場独自の項目を入れるのはよいとされるが、それでは仕事のストレス要因などの
質問項目で、自由記入欄を設けるのはどうだろうか。
ストレスチェックの制度は、ストレスの程度を評価するということが目的なので、
これさえ満たしておれば自由記入欄を設けることも差し支えないというのは、
厚生労働省が公表している「ストレスチェックQ&A」での見解だ。ただ、この自由記入欄も
含めてストレスチェックの結果に当たるわけで、労働者の同意なく事業者は知ることは
できないということになる。とすると、自由記入欄がどのような場合に意味を持つかというのは、
かなり限定されたものになるということだ。
ストレスチェック制度の目的は、①一次予防(メンタルヘルス不調の未然防止)、
②労働者自身のストレスへの気付きを促す、そして③ストレスの原因となる職場環境の
改善につなげるというものであるということをこの制度の運用をする際には
何度も何度も確認しておかなければならない。調査票の項目を検討する際にも、
目的に合致するものなのかどうかが肝心だということになる。
次回は衛生委員会での検討項目。

ストレスチェック制度いよいよ その3

ストレスチェック制度の続きです。
(関西労災職業病2015年7月号より)


ストレスチェック制度にどう取り組むか(1)

12月1日より施行される改正労働安全衛生法ストレスチェック制度については、関係省令、指針、施行通達が出そろい、
労働安全衛生法に基づくストレスチェック制度実施マニュアル」も165ページというボリュームで公表された。
そもそも職場で個人が感じるストレス情報の扱いを、事業者の責務として行われるという無理を押した制度なので、
整合性あるものにするためにはたくさんの制限を設けなければならない。そのために入り組んだ手順の解説は
とてもややこしいものにならざるを得ない。そこで、本誌では「実施マニュアル」の解説からいくつかの項目を
取り上げて、注意点を指摘してみたい。

検査項目は機微に触れる情報

ストレスチェックの具体的な方法は、質問項目が並んだ調査票を労働者に配布、それに一人一人が答えを記入し
回収するという手になる。このアンケート用紙のような調査票の質問内容はというと、①心理的な負担の原因、
②心身の自覚症状、それに③他の労働者からの支援状況とされている。

労働安全衛生規則第五十二条の九
事業者は、常時使用する労働者に対し、一年以内ごとに一回、定期に、
次に掲げる事項について法第六十六条の十第一項に規定する心理的な負担の程度を把握するための検査
(以下この節において「検査」という。)を行わなければならない。
一 職場における当該労働者の心理的な負担の原因に関する項目
二 当該労働者の心理的な負担による心身の自覚症状に関する項目
三 職場における他の労働者による当該労働者への支援に関する項目

毎日の職場でその労働者がどのようにストレスを感じているかを知るために必要な項目だが、
普通の健康診断と同じように事業者に扱いをゆだねるわけにはいかない。そのため、ストレスチェック
実施者は、当該の労働者に結果を通知しても、労働者の同意を得ないで同じものを事業者に
提供してはならないとしている。

労働安全衛生法第六十六条の十
2 事業者は、前項の規定により行う検査を受けた労働者に対し、厚生労働省令で定めるところにより、
当該検査を行った医師等から当該検査の結果が通知されるようにしなければならない。この場合において、
当該医師等は、あらかじめ当該検査を受けた労働者の同意を得ないで、当該労働者の検査の結果を
事業者に提供してはならない。

ストレスチェック制度の目的は、メンタルヘルス不調の未然防止(一次予防)であり、労働者自身の
ストレスへの気付きを促すとともに、職場改善につなげるということなので、個々人のストレス情報を
事業者が知る必要はないということになる。だから、もっとも大量の情報が得られることとなる最初の
調査票による検査結果は、義務主体である事業者には行かないということなのだ。
ただし検査の結果、高ストレスの状況にあると判定され、医師による面接指導を受けることを勧奨し、
申し出た場合には、その情報は事業者に提供されることになる。面接指導に基づく措置等についての
対応が必要であることから当然のことになるだろう。
ところがここで実務を進めていくうえで一つ問題となることがある。
面接指導を申し出る前の段階にある労働者の検査結果情報の扱いである。法律では「・・・当該医師等は、
あらかじめ当該検査を受けた労働者の同意を得ないで、当該労働者の検査の結果を事業者に提供してはならない。」
とあり、逆に読むと当該労働者の同意を得たときは結果の提供を受けることができるとなる。
この「ストレスチェック結果の事業者への提供」について、指針は次のように説明している。

ストレスチェック結果の事業者への提供に当たっての留意事項
ア 労働者の同意の取得方法
ストレスチェック結果が当該労働者に知らされていない時点でストレスチェック結果の事業者への
提供についての労働者の同意を取得することは不適当であるため、事業者は、ストレスチェック
実施前又は実施時に労働者の同意を取得してはならないこととし、同意を取得する場合は
次に掲げるいずれかの方法によらなければならないものとする。ただし、事業者は、労働者に対して
同意を強要する行為又は強要しているとみなされるような行為を行ってはならないことに留意すること。
① ストレスチェックを受けた労働者に対して当該ストレスチェックの結果を通知した後に、
事業者、実施者又はその他の実施事務従事者が、ストレスチェックを受けた労働者に対して、
個別に同意の有無を確認する方法。
② ストレスチェックを受けた労働者に対して当該ストレスチェックの結果を通知した後に、
実施者又はその他の実施事務従事者が、高ストレス者として選定され、面接指導を受ける必要があると
実施者が認めた労働者に対して、当該労働者が面接指導の対象であることを他の労働者に
把握されないような方法で、個別に同意の有無を確認する方法。
なお、ストレスチェックを受けた労働者が、事業者に対して面接指導の申出を行った場合には、
その申出をもってストレスチェック結果の事業者への提供に同意がなされたものと
みなして差し支えないものとする。
イ 事業者に提供する情報の範囲
事業者へのストレスチェック結果の提供について労働者の同意が得られた場合には、実施者は、
事業者に対して当該労働者に通知する情報と同じ範囲内の情報についてストレスチェック結果を
提供することができるものとする。
なお、衛生委員会等で調査審議した上で、当該事業場における事業者へのストレスチェック結果の
提供方法として、ストレスチェック結果そのものではなく、当該労働者が高ストレス者として選定され、
面接指導を受ける必要があると実施者が認めた旨の情報のみを事業者に提供する方法も考えられる。
ただし、この方法による場合も、実施者が事業者に当該情報を提供するに当たっては、上記アの
①又は②のいずれかの方法により、労働者の同意を取得しなければならないことに留意する。
ウ 外部機関との情報共有
事業者が外部機関にストレスチェックの実施の全部を委託する場合(当該事業場の産業医等が
共同実施者とならない場合に限る。)には、当該外部機関の実施者及びその他の実施事務従事者以外の者は、
当該労働者の同意なく、ストレスチェック結果を把握してはならない。なお、当該外部機関の実施者が、
ストレスチェック結果を委託元の事業者の事業場の産業医等に限定して提供することも考えられるが、
この場合にも、緊急に対応を要する場合等特別の事情がない限り、当該労働者の同意を取得しなければ
ならないものとする。
エ 事業場におけるストレスチェック結果の共有範囲の制限
事業者は、本人の同意により事業者に提供されたストレスチェック結果を、当該労働者の健康確保のための
就業上の措置に必要な範囲を超えて、当該労働者の上司又は同僚等に共有してはならないものとする。

個別の結果情報は事業者に不要
提供しないことを明確に

はたして高ストレス状態と判断され、本人から医師の面接指導の申し出があった労働者以外の情報で、
個々の労働者のストレスチェック結果の情報を、個々の労働者の同意を得る手続きを経てまで事業者が
得るという必要があるのはどのような場合が想定されるだろう。もちろん、結果を集団分析し、
職場改善につなげるための情報として取得することは当然のことだが、それには個々の情報が
必要だというわけではない。まるで費用を全部負担しているのだから情報が手元にないのは
悔しいというわけでもあるまいに。

もし、事業者が結果情報を労働者の同意を得る手続きを行ったうえで取得する方針を打ち出すとすると、
それは手順等を審議する衛生委員会での議題になるわけなので、その利用目的や共有範囲などを
明確にして十分な周知をしなければならないということになる。
「実施マニュアル」での解説は、
「○ 衛生委員会の調査審議の結果、事業者による個々人のストレスチェックの結果の把握は行わない
(集団ごとの分析結果の活用は行う)こととした場合は、労働者からの同意取得の手続きは不要となります。
○ この場合でも、労働者から医師による面接指導の申出がなされた場合については、事業者への
ストレスチェック結果の提供の同意がなされたものとみなすことができます。」
としている。
もちろん、ストレスチェック結果の有意な活用方法が全くないと断言することはできないかもしれず、
その意味でこうした同意取得方法の解説は必要なのだろうが、実際問題としては、
事業者によるストレスチェック結果のこの段階での情報取得は、個々の事業場で「行わない」ことを
明確にしておくのがよいだろう。
次回は調査票について。

マタニティハラスメント規制

またもや、記事の転載(関西労災職業病2015年6月号)ですが、
マタニティハラスメントについて書いておこうと思います。
働きやすい職場をめざすヒントとして
覚えておきたい知識です。



厚生労働省は、この6月、第30回目の「男女雇用機会均等月間」にマタニティハラスメントをテーマとし、
1.妊娠・出産などを理由とする不利益取扱い禁止に関する周知徹底のための広報活動の実施、
2.事業主に対する妊娠・出産などを理由とする不利益取扱い禁止の徹底・指導の集中的実施、を行った。
近年、マタニティハラスメントという言葉がよく使われるようになったが、行政を動かす契機となったのは、
昨年10月の妊娠による降格を違法とした最高裁判決である。それを受けて、
厚生労働省はこの1月、男女雇用機会均等法の解釈通達を改正した。

最高裁判決

2014年10月23日の最高裁判決は、降格が「雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保に関する法律」
(以下、「男女雇用機会均等法」)第9条第3項に違反し無効であるとした。
上告人は広島市理学療法士で、生活協同組合で管理職である副主任として働いていた。
第2子の妊娠で軽易な業務への転換を求めたところ、身体的負担が軽いと思われる施設へ異動が行われ、
その後、異動先において上告人より経験の長い職員がすでに主任を務めることから、
協同組合は上告人を副主任より降格した。その後、上告人は産前産後休暇、育児休暇を終えて、
業務軽減前の所属場所へ職場復帰したが、すでに別の労働者が副主任に任じられていたため、
上告人は副主任に任じられなかった。これを不服として、管理職手当の支給と損害賠償を
求めて提訴した。ちなみに、第1子の妊娠時にすでに副主任であったが、その際には降格はされず、
産休・育休を取得後、職場復帰している。
原審判決は、「原告の同意を得た上で、人事配置上の必要性に基づいてその裁量権の範囲内で行われ」
男女雇用機会均等法第9条3項に違反しないとした。
第9条第3項とは、「事業主は、その雇用する女性労働者が妊娠したこと、出産したこと、
労働基準法第65条第1項の規定による休業を請求し、又は同項若しくは同条第2項の規定による
休業をしたこと(注:産前休業の請求、産前産後の休業)その他の妊娠又は出産に関する事由であって
厚生労働省令で定める物を理由として、当該女性労働者に対して解雇その他の不利益な取り扱いを
してはならない」としている。
それに対して、最高裁判決は明らかな法令違反があるとした。
その理由はおおよそ以下のような内容である。
まず、9条3項に違反しないとするためには、当該労働者の自由な意思に基づいて降格を承諾したと
認めるに足りる合理的理由が客観的に存在し、降格せずに軽易業務させることに業務運営や
人員の適正配置の確保など業務上の必要性から支障があり、その内容、有利又は不利な影響の程度が
同項の趣旨及び目的に違反しないと認められる特段の事情が存在することし、その上で、
この件に関して以下のように述べた。
本件では降格によって業務負担の軽減が図られたか否か明らかでなく、本件措置によって受けた
有利な影響が明らかでない、他方、措置によって非管理職になりかつ管理職手当を
受けられなくなるなどの不利な影響を受けた。また、職場復帰後も副主任に復帰することが
できず、一連の経緯から、本件措置は軽易業務への一時的な転換でなく、復職後も副主任への
復帰を予定していない措置としてなされたものとみるのが相当である。
また、降格の措置を執ることなく軽易業務へ転換することに業務上の支障があったのか
明らかでない一方、管理職の地位と手当の喪失という不利な影響は重大であり、
副主任への復帰も予定していない、上告人の意に反するものだった。
つまり、協同組合の行った降格には合理的な理由が認められず、それによって上告人が
受けた恩恵は不明で、反対に不利益は重大だった。かつ、協同組合は事前に措置による利益、
不利益について十分説明して承諾を得ているなどの特段の事情がなく違法である、ということだ。
しかも、最高裁判決には桜井龍子裁判長からの補足意見がつき、そこで復帰後に副主任に
戻さなかったことに関しても、特段の理由がなく、「育児休業・介護休業等育児又は家族介護を
行う労働者の福祉に関する法律」(以下、「育児・介護休業法」)第10条の「事業主は、労働者が
育児休業申し出をし、又は育児休業をしたことを理由として、当該労働者に対して
解雇その他不利益な取り扱いをしてはならない。」に違反するとした。

解釈通達改正

厚生労働省はこの判決を受けて、2つの解釈通達「改正雇用の分野における男女の均等な
機会及び待遇の確保に関する法律の施行について」と「育児休業・介護休業等育児又は
家族介護を行う労働者の福祉に関する法律の施行について」を一部改正した。
男女雇用機会均等法の通達に加えられた解釈とは、簡単に言うと、
法に違反しない場合の条件として、1.措置による内容が不利益な取扱いの内容を上回る
特段の事情があるとき、または、2.措置による有利な影響が不利な影響を上回り
かつ適切な説明がなされ、一般的な労働者であれば同意するような合理的な理由があるとき、
とした。さらに、妊娠・出産等の事由を契機として不利益取扱が行われた場合は、
原則として妊娠・出産等を理由として不利益取扱がなされたと解されるものであること、
「契機として」については、基本的に事由が発生している期間と時間的に近接して
不利益取扱が行われたか否かを持って判断する、となっている。
つまり、妊娠を知らせたすぐ後などに不利益取扱があった場合、基本的に妊娠が理由と解し、
上記2つの条件にあたる特段の事情や合理的理由が認められなければ違法であるということになる。
育児・介護休業などが理由の場合も同じ取扱に改正された。
詳しくは、通達
http://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11900000-Koyoukintoujidoukateikyoku/0000071927.pdf)を
ご覧ください。
つまり、この最高裁判決によってもたらされた改正によって、
これまでは常に被害を受けた労働者側が、裁判に訴えるに当たって事実を
証明しなければならなかったのに対し、今後は事業主側が男女雇用均等法に違反していない
という事実を証明しなければならない。これが最大の意義である。
女性の年齢別労働力率をグラフにすると、20歳代で盛り上がった線が30歳前後で一旦下がり、
40歳代でまた上がるM字カーブを描くことが知られている。妊娠で退職を余儀なくされる
女性は多く、この事例のように産休や育休を取得できる環境であったとしても、
不利益な取り扱いを受けることも多い。通達改正で事業主側により理解が深まることを期待したい。

いじめ嫌がらせも多い
マタニティハラスメント

マタニティハラスメントには、最高裁で争点となった不利益取扱いのような
組織的な問題以外に、上司や同僚による不適切な発言や扱いといったセクシュアルハラスメント
重なる内容も含まれる。そのようなマタニティハラスメントを含む実態調査が最近発表された。
マタニティハラスメント対策ネットワークは今年3月発表した「マタハラ白書」で
マタハラ被害者へのネット調査結果を報告した。20歳から45歳までの186人が回答し、
うち7割が正社員で3割は非正規社員。企業規模は10人〜100人が32%、100人〜50人が19%、
1000人以上が13%でマタハラは規模に関係ないとしている。また、長時間労働現場が44%で
マタハラの温床になっており、有給休暇の取得率も低い。
加害者については、直属男性上司30.1%、人事部と男性経営部が13.4%、直属女性上司12.5%、
女性同僚10.3%だった。人事部に法律知識がない場合や、違法と知りながらの悪質なケースも
存在するという。女性からのマタハラも意外に多く、いじめや心ない発言があった。
このような調査結果や当センターに持ち込まれる相談からも、妊娠は、けがや病気よりも
自己責任という認識が強く、長時間労働の職場などでは、業務をフォローする同僚からも
マタハラが起こりやすくなることがうかがわれる。
パワーハラスメントとは違い、妊娠・出産を理由とした不利益取扱いは男女雇用機会均等法という
法規制がある。その点ではマタニティハラスメントは取り締まり、指導がしやすいと言える。
ただし、個別のケースが今回改正された解釈に当てはまるかどうかという判断は、まだまだ難しそうだ。
また、無事職場復帰できたとしても、出世コースを外れざるを得ないという
組織内の仕組みの問題もある。
ただはっきり言えることは、女性労働者が妊娠・出産で、産休、育休を取る権利、
職場復帰する権利が保障され、育児・介護で時短で働こうとキャリアを積むこととが
可能な職場が、男性労働者も含め全体が働きやすい職場となることは間違いない。

ストレスチェック制度いよいよ その2

引き続きストレスチェック制度についてです。
「関西労災職業病」2015年5月号から


出揃ったストレスチェック制度の指針とマニュアル
職場改善実現の制度にできるか?

一次予防が目的

12月1日より、いよいよストレスチェックの実施が義務付けられる。
昨年6月に労働安全衛生法改正案が可決し、そのもっとも大きな改正として新設された
第66条の10(心理的な負担の程度を把握するための検査等)が、
1年以上の準備期間を経て施行されるからである。
さかのぼれば、2010年4月に当時の長妻厚生労働大臣が、「健康診断でうつ病のスクリーニングを義務づける」
という趣旨の発言を記者会見で行ったことにはじまる。唐突だったこの発言は、
それでも同年9月に公表された「メンタルヘルス対策検討会」の報告書に引き継がれた。
さすがに「うつ病のスクリーニング」などという明け透けに問題視されるような内容は
なくなったが、精神疾患の“早期発見”を目的の一つとする新たな検査創設が
改正内容となり、結局翌2011年10月に国会に上程されることとなった。
しかし安全衛生対策に関与する各方面から問題点の指摘が絶えなかったこの改正案は、
継続審議扱いが続いてたなざらしとなり、ようやく翌年の8月に趣旨説明が行われたものの、
審議は行われず、結局、その12月の国会解散で廃案となった。
しかし厚生労働省はその後、制度の中身を検討し直し、「メンタルヘルス不調を未然に
防止する一次予防を目的とするもの」としてストレスチェック制度を新たな改正法案として
準備、2014年1月に労働政策審議会に諮問する。この段階では、全ての事業場と労働者に
ストレスチェックを義務付けるとする内容だったが、国会上程前の2月19日の
自民党厚生労働部会において、管理や悪用への懸念があるという反対意見が出されることと
なる。その結果、義務付け対象を産業医選任義務がある50人以上事業場にし、50人未満は
努力義務とすることと、労働者への義務付けをなくして希望者のみにするという大幅な
修正が行われた。そして国会を全会一致で可決、6月26日に公布の運びとなったわけだ。

個人情報の扱いが分かり難さの原因?

それにしても、労働者のストレス状況をチェックすることを制度化し、職場改善に結びつける
というのは、なかなか難しい。素人目にも容易に想像がつく。そのことは、出来上がった
制度内容をみてもよくわかる。というより、ややこしさ、分かり難さがはっきりしている。
法律成立後になってから、「ストレスチェック項目等に関する専門検討会」
ストレスチェックと面接指導の実施方法等に関する検討会」「ストレスチェック制度
関わる情報管理及び不利益取扱い等に関する検討会」という3つの検討会が精力的に
開催され、昨年末に報告書をまとめた。
そして、この4月、5月には「労働安全衛生法に基づくストレスチェック制度
実施マニュアル」と「Q&A」、それに制度全体を把握するための「説明会資料」も
HP上で公開された。とくに「マニュアル」に至っては171頁と分厚いものになっている。
なんといってもこの制度の分かり難さの原因になっているのは、ストレスチェック
結果情報の扱いである。事業者はストレスチェック実施の義務を負うが、その実施者は
事業者とは別の者であり、その情報を労働者の同意なく事業者に知らせてはならない。
職場のストレスについて労働者個人がどのように感じているかという情報を扱うだけに、
当然のことといえるのだが、特に運用上の問題となりそうなのが、事業場内の
産業保健スタッフの関わり方である。
たとえば産業医は、事業場の状況を詳しく知り、専門家として労働衛生対策について
事業者に助言や勧告を行う立場にあり、事業者とは密接なかかわりを持つのが普通だ。
事業場のストレスチェックを実施するときに、外部機関に委託するのではなく、
事情をよくわかっている産業医が実施者になったり、共同実施者になるのは自然なことだが、
このとき産業医は労働者個人のストレスチェックの結果について事業者に
漏らしてはならない。
しかし、高ストレス状態にあり医師による面接指導の申し出を勧奨し、その労働者が
申し出たときは、事業者に情報が伝わることとなり、面接指導の結果についても事業者に
伝え、適切な措置を取るということになる。このあたりの運用上で生じる問題は、
12月以降に顕在化する可能性はありそうだ。


衛生委員会労働組合推薦委員の役割が大事

ストレスチェック制度の目的は、5月1日に公表された指針において、次のように記されている。
「特にメンタルヘルス不調の未然防止の段階である一次予防を強化するため、定期的に
労働者のストレスの状況について検査を行い、本人にその結果を通知して自らのストレスの
状況について気付きを促し、個々の労働者のストレスを低減させるとともに、
検査結果を集団ごとに集計・分析し、職場におけるストレス要因を評価し、
職場環境の改善につなげることで、ストレスの要因そのものを低減するよう努めることを
事業者に求めるものである。さらにその中で、ストレスの高い者を早期に発見し、
医師による面接指導につなげることで、労働者のメンタルヘルス不調を未然に防止することを
目的としている。」
この記述からわかるように、目的の最も一義的なものは、ストレスを低減させて職場環境の
改善につなげるということである。
したがって、この指針で明らかにされている手順では、事業者による「基本方針の表明」、
ストレスチェック及び面接指導」、そして「集団ごとの集計・分析」まで、
衛生委員会における調査審議が果たす役割は大きなものとなる。
ストレスチェックの質問項目、ストレスの程度の評価方法というようなストレスチェック
中身そのものに関することはもちろんのこと、個人情報の取り扱いや検査を希望しない
労働者等への不利益取扱いがないかどうか、また、面接指導による措置状況など、
審議事項となる問題は相当なものとなりそうだ。
ということは、衛生委員会を構成する労働組合推薦の委員がどのような働きができるのかは
大きな問題ということになるだろう。
もちろん事業場側の事務局が適切な実務遂行を行うことが大切なのはいうまでもないが、
受けることとなる労働者側に立ったスタッフがどのように職場の改善につなげる結果を
導けるものにできるかのカギを握っているということができそうだ。