マタニティハラスメント規制

またもや、記事の転載(関西労災職業病2015年6月号)ですが、
マタニティハラスメントについて書いておこうと思います。
働きやすい職場をめざすヒントとして
覚えておきたい知識です。



厚生労働省は、この6月、第30回目の「男女雇用機会均等月間」にマタニティハラスメントをテーマとし、
1.妊娠・出産などを理由とする不利益取扱い禁止に関する周知徹底のための広報活動の実施、
2.事業主に対する妊娠・出産などを理由とする不利益取扱い禁止の徹底・指導の集中的実施、を行った。
近年、マタニティハラスメントという言葉がよく使われるようになったが、行政を動かす契機となったのは、
昨年10月の妊娠による降格を違法とした最高裁判決である。それを受けて、
厚生労働省はこの1月、男女雇用機会均等法の解釈通達を改正した。

最高裁判決

2014年10月23日の最高裁判決は、降格が「雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保に関する法律」
(以下、「男女雇用機会均等法」)第9条第3項に違反し無効であるとした。
上告人は広島市理学療法士で、生活協同組合で管理職である副主任として働いていた。
第2子の妊娠で軽易な業務への転換を求めたところ、身体的負担が軽いと思われる施設へ異動が行われ、
その後、異動先において上告人より経験の長い職員がすでに主任を務めることから、
協同組合は上告人を副主任より降格した。その後、上告人は産前産後休暇、育児休暇を終えて、
業務軽減前の所属場所へ職場復帰したが、すでに別の労働者が副主任に任じられていたため、
上告人は副主任に任じられなかった。これを不服として、管理職手当の支給と損害賠償を
求めて提訴した。ちなみに、第1子の妊娠時にすでに副主任であったが、その際には降格はされず、
産休・育休を取得後、職場復帰している。
原審判決は、「原告の同意を得た上で、人事配置上の必要性に基づいてその裁量権の範囲内で行われ」
男女雇用機会均等法第9条3項に違反しないとした。
第9条第3項とは、「事業主は、その雇用する女性労働者が妊娠したこと、出産したこと、
労働基準法第65条第1項の規定による休業を請求し、又は同項若しくは同条第2項の規定による
休業をしたこと(注:産前休業の請求、産前産後の休業)その他の妊娠又は出産に関する事由であって
厚生労働省令で定める物を理由として、当該女性労働者に対して解雇その他の不利益な取り扱いを
してはならない」としている。
それに対して、最高裁判決は明らかな法令違反があるとした。
その理由はおおよそ以下のような内容である。
まず、9条3項に違反しないとするためには、当該労働者の自由な意思に基づいて降格を承諾したと
認めるに足りる合理的理由が客観的に存在し、降格せずに軽易業務させることに業務運営や
人員の適正配置の確保など業務上の必要性から支障があり、その内容、有利又は不利な影響の程度が
同項の趣旨及び目的に違反しないと認められる特段の事情が存在することし、その上で、
この件に関して以下のように述べた。
本件では降格によって業務負担の軽減が図られたか否か明らかでなく、本件措置によって受けた
有利な影響が明らかでない、他方、措置によって非管理職になりかつ管理職手当を
受けられなくなるなどの不利な影響を受けた。また、職場復帰後も副主任に復帰することが
できず、一連の経緯から、本件措置は軽易業務への一時的な転換でなく、復職後も副主任への
復帰を予定していない措置としてなされたものとみるのが相当である。
また、降格の措置を執ることなく軽易業務へ転換することに業務上の支障があったのか
明らかでない一方、管理職の地位と手当の喪失という不利な影響は重大であり、
副主任への復帰も予定していない、上告人の意に反するものだった。
つまり、協同組合の行った降格には合理的な理由が認められず、それによって上告人が
受けた恩恵は不明で、反対に不利益は重大だった。かつ、協同組合は事前に措置による利益、
不利益について十分説明して承諾を得ているなどの特段の事情がなく違法である、ということだ。
しかも、最高裁判決には桜井龍子裁判長からの補足意見がつき、そこで復帰後に副主任に
戻さなかったことに関しても、特段の理由がなく、「育児休業・介護休業等育児又は家族介護を
行う労働者の福祉に関する法律」(以下、「育児・介護休業法」)第10条の「事業主は、労働者が
育児休業申し出をし、又は育児休業をしたことを理由として、当該労働者に対して
解雇その他不利益な取り扱いをしてはならない。」に違反するとした。

解釈通達改正

厚生労働省はこの判決を受けて、2つの解釈通達「改正雇用の分野における男女の均等な
機会及び待遇の確保に関する法律の施行について」と「育児休業・介護休業等育児又は
家族介護を行う労働者の福祉に関する法律の施行について」を一部改正した。
男女雇用機会均等法の通達に加えられた解釈とは、簡単に言うと、
法に違反しない場合の条件として、1.措置による内容が不利益な取扱いの内容を上回る
特段の事情があるとき、または、2.措置による有利な影響が不利な影響を上回り
かつ適切な説明がなされ、一般的な労働者であれば同意するような合理的な理由があるとき、
とした。さらに、妊娠・出産等の事由を契機として不利益取扱が行われた場合は、
原則として妊娠・出産等を理由として不利益取扱がなされたと解されるものであること、
「契機として」については、基本的に事由が発生している期間と時間的に近接して
不利益取扱が行われたか否かを持って判断する、となっている。
つまり、妊娠を知らせたすぐ後などに不利益取扱があった場合、基本的に妊娠が理由と解し、
上記2つの条件にあたる特段の事情や合理的理由が認められなければ違法であるということになる。
育児・介護休業などが理由の場合も同じ取扱に改正された。
詳しくは、通達
http://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11900000-Koyoukintoujidoukateikyoku/0000071927.pdf)を
ご覧ください。
つまり、この最高裁判決によってもたらされた改正によって、
これまでは常に被害を受けた労働者側が、裁判に訴えるに当たって事実を
証明しなければならなかったのに対し、今後は事業主側が男女雇用均等法に違反していない
という事実を証明しなければならない。これが最大の意義である。
女性の年齢別労働力率をグラフにすると、20歳代で盛り上がった線が30歳前後で一旦下がり、
40歳代でまた上がるM字カーブを描くことが知られている。妊娠で退職を余儀なくされる
女性は多く、この事例のように産休や育休を取得できる環境であったとしても、
不利益な取り扱いを受けることも多い。通達改正で事業主側により理解が深まることを期待したい。

いじめ嫌がらせも多い
マタニティハラスメント

マタニティハラスメントには、最高裁で争点となった不利益取扱いのような
組織的な問題以外に、上司や同僚による不適切な発言や扱いといったセクシュアルハラスメント
重なる内容も含まれる。そのようなマタニティハラスメントを含む実態調査が最近発表された。
マタニティハラスメント対策ネットワークは今年3月発表した「マタハラ白書」で
マタハラ被害者へのネット調査結果を報告した。20歳から45歳までの186人が回答し、
うち7割が正社員で3割は非正規社員。企業規模は10人〜100人が32%、100人〜50人が19%、
1000人以上が13%でマタハラは規模に関係ないとしている。また、長時間労働現場が44%で
マタハラの温床になっており、有給休暇の取得率も低い。
加害者については、直属男性上司30.1%、人事部と男性経営部が13.4%、直属女性上司12.5%、
女性同僚10.3%だった。人事部に法律知識がない場合や、違法と知りながらの悪質なケースも
存在するという。女性からのマタハラも意外に多く、いじめや心ない発言があった。
このような調査結果や当センターに持ち込まれる相談からも、妊娠は、けがや病気よりも
自己責任という認識が強く、長時間労働の職場などでは、業務をフォローする同僚からも
マタハラが起こりやすくなることがうかがわれる。
パワーハラスメントとは違い、妊娠・出産を理由とした不利益取扱いは男女雇用機会均等法という
法規制がある。その点ではマタニティハラスメントは取り締まり、指導がしやすいと言える。
ただし、個別のケースが今回改正された解釈に当てはまるかどうかという判断は、まだまだ難しそうだ。
また、無事職場復帰できたとしても、出世コースを外れざるを得ないという
組織内の仕組みの問題もある。
ただはっきり言えることは、女性労働者が妊娠・出産で、産休、育休を取る権利、
職場復帰する権利が保障され、育児・介護で時短で働こうとキャリアを積むこととが
可能な職場が、男性労働者も含め全体が働きやすい職場となることは間違いない。