再度、国際学会報告

6月にコペンハーゲンで開催された「職場のいじめ・ハラスメント国際会議」について、
機関誌にちゃんとした報告を書きましたので全文公開してしまいます。
関西労働者安全センターの機関誌では10月号、
全国労働安全衛生センター連絡会議の機関誌「全国センター情報」は
確か11月号に掲載されたと思います。
このブログとは文体が違いますが、そのままで。

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第8回職場のいじめ・ハラスメント国際会議がデンマークコペンハーゲン大学で開催された。
(http://bullying2012.com/)


コペンハーゲン市庁舎

6月12日のプレイベントのワークショップに始まり、13日から15日まで本会議という日程だった。
参加者名簿によると32カ国、200人もの参加者があった。
この国際会議は職場のいじめ&ハラスメント国際学会
(IAWBH:International Association on Workplace Bullying & Harassment)の主催で
今回8回目ということだった。この学会については日本ではまだあまり知られておらず、
研究者で参加されているのは、滋賀大学の大和田敢太先生くらいで、日本からの最多参加者は
「職場のモラルハラスメントをなくす会」の長尾香織さんということである。
その長尾さんから、日本からもっと専門家が参加するべきという呼びかけもあり、
日本人参加者は増えつつあるようだ。過去の学会については
「職場のモラルハラスメントをなくす会」のニュースレターで報告されている。
http://www.morahara.org/newsletter/index.html
今回デンマークでの開催ということで、デンマークはじめ、ノルウェイ、イギリス、
スウェーデンといったヨーロッパの国からの参加者が多かったが、オーストラリア、カナダ、
アメリカ合衆国からも多くの参加者があった。日本人参加者は10人で、
ひとつの国からの参加者数としては多いほうだった。しかし残念ながら、
アジアの他の国からの参加はほとんどない状態だった。
今回の会議には「Future Challenges」という副題がついていて、
「未来への挑戦」とでも訳せばいいのでしょうか、いじめ問題への取り組みについての
意気込みが感じられた。いじめの問題について各国の様々な立場の方たちから、
法律的、心理学的な研究から、予防対策や被災者支援の取り組みなど無数の報告が行われ、
まさによりよい未来へ向けて多くの人がチャレンジしていると言えよう。
実際、学会とはいえ学者ばかりでなく普段労働組合と協力しているような労災職業病センターの
スタッフなど運動側の人も参加していて、学会員以外も広く受け入れているゆるやかな体制で
運営されている。


全体会会場


初日の開会挨拶の後、北欧らしく、コペンハーゲン大学によるコーラスが披露された。
わずか数人の男女によるコーラスだったが、美しく澄んだハーモニーが会場に響き渡り、
一同うっとりと聴き入った。
全体会では、4つの発表があった。
学会1日目の最初は「いじめの定義づけと対決:人的資源(human resources)は
いじめのない仕事文化を創造する独特の権限を持つか」と題して、
アメリカ合衆国のloyola大学のSuzy Fox教授がおこなった。
アメリカではチェックリストを活用した人材マネージメントが重要であるとして、
それぞれ制度や文化の違いに応じていじめに対する概念化や対応を調整することが、
健康でいじめのない組織文化を築くための人材の役割の核心となるであろうとした。
2日目は「職場のいじめ:予防と介入」と題してドイツのgoethe大学の
Dieter Zapf博士が報告した。いじめの対策の一次予防、二次予防、三次予防の
カテゴリーの中でのそれぞれの役割や評価方法について述べ、
とりわけ三次予防についての問題点などを示して、
組織トップのサポートや同僚との信頼関係の重要性、また何度も対策を
評価研究することなどとまとめた。
スウェーデンの文献におけるいじめと健康」と題したスウェーデン
Karolinska研究所のTores Theorell教授は、心理社会学研究からスウェーデンの職場で
いじめを受けた男女の割合が高いこと、いじめを受けたことと
心筋梗塞が関連していることなど文献よりまとめ、今後の予防的戦略が重要とした。
3日目の全大会、「悲しみ、怒りと希望:対決からの影響」はアメリカの
the Boss Whispering研究所のLaura Crawshaw博士。the Boss Whispering研究所は
いじめ問題の取り組みとして、職場で人間関係の摩擦を起こす上司の問題を取り上げ、
教育プログラムであるBoss Whisperingを開発、経営者側にいじめ問題の解決法として
提供しているようである。

分科会については、法律、差別、介入、健康、リスク、リハビリテーション
予防、対策、現象など15のテーマで、3日間で22のセッションが持たれた。
大学内のいくつかの建物を使っての分科会では、教室にたどり着くのに
少々右往左往させられたが、各セッションどれもよく人が集まっていた。
報告の数が多く、各報告が質問時間を入れて15分程度であったので
あわただしかったが、必ず質問があり、意見がかなり活発に交わされていた。
興味のあるセッションが同時にいくつもあるので、どれに参加するかは大変迷う
ところであったが、今回は法律と介入、そしてリハビリテーション
3つのテーマを中心に参加した。
ご存知のように厚生労働省は、昨年の2011年度よりはじめて職場のいじめ対策に着手、
この2012年3月に「職場のパワーハラスメントの予防・解決に向けた提言」を取りまとめた。
これまでずっと厚生労働省には「防止対策ガイドライン」を求めてきた運動側としては
物足りないものであったが、それでもパワーハラスメントを一定定義し、
なくすべき行為と位置づけた点は評価できる。しかし、最終的に目指すべきところは、
やはり安全衛生法などに位置づけた法的規制である。その点、
先進的なヨーロッパの取り組みには大変興味があり、法律のセッションに参加した。
「職場のモラハラをなくす会」の参加者は労働法研究者の大和田教授や弁護士さんで
あったこともあり、日本人参加者の半数はここに参加した。
法律に関するセッションは1日目と2日目の2回で、10の報告があった。
すでにいじめを規制するなんらかの法律がある国々で、心理的ハラスメント規制を
州法でさだめるカナダのケベックや、ヨーロッパではノルウェイ、イギリス、
イタリア、ドイツ、オーストリア、フランス、そしてオーストラリアといった国の現状分析、
また南米のコロンビアのモラルハラスメント規正法(2006年にできたようだ)の報告もあった。
モラルハラスメント禁止法で有名なフランスの報告は、Bordeaux大学の法律研究者、
Loic Lerouge氏で、法律が定められたことは重要で、使用者に身体的、精神的ハラスメントを
防止する義務を課したことで、労働者を守る手段の一つとなったことを報告。
その後、彼はこの7月から9月まで仕事が原因の自殺ケースについての研究のため
来日し、9月8日には東京で講演をしてもらった。
フランスでは、2003年の最高裁判決からうつ病などを労災と認める流れができ、
2007年には休業中に自殺未遂した例が労災と認められた。多数の自殺者を出した
フランステレコムの事件では、労働組合が「他者の生命を危険に曝す」原因となる
組織的なモラルハラスメント体制を築いたとして、フランステレコム刑事告訴している。


Lerouge氏と

リハビリテーションのセッションに参加したのは、もちろん、被災者の回復について
各国でどのような取り組みがされているかという興味と同時に、このセッションの
発表者にオーストラリアのEvelyn Fieldさんがいたこともある。彼女は昨年、
「アカデミック・ハラスメントをなくすネットワーク」の御輿久美子先生の招待で来日し
講演を行った。職場のみに限らず、学校でのいじめ問題も含めて、
行政に対してアドバイザーも勤める研究者である。
Fieldさんの発表は、いじめ被害者の診断が不適切なことがあり、
治療者に困難をもたらしたり、その診断のために病状が軽く見られることがあり、
より詳細な診断基準が必要であるとう内容であった。センション後に声をかけると
思い出してくださり、再会を歓迎していただいた。
Fieldさんを含め合計4つの発表があり、研究者と病院などが長期にいじめを受けた
労働者の回復治療に取り組んだ事例がなどが報告され、やはり回復についても
それぞれ模索していることがうかがわれた。
介入のセッションは3回で合計17の報告があったが、そのうち2回に参加した。
アイルランド、オーストラリア、イギリス、ニュージーランドフィンランド
カナダ、デンマークスウェーデンなどから発表があったが、こちらは法律ではなく
まさに現場での取り組み報告だった。各国それぞれにいじめ予防のマネジメント、
労働者支援プログラム、早期の介入プログラムなどさまざまな方法が試みられていることが
分かった。そういった取り組みを研究者達が評価し、よりよい方法を模索している。
日本は「過労死」に続いて「過労自殺」問題が起こり、そして業務に起因する
うつ病自殺問題へと深刻な状況が早くからあったと思うが、被害者救済の取り組みが主で、
職場のストレスマネジメントや予防対策の面では遅れている。
法的規制を求めるのも1つだが、やはりなにより現場での取り組みが職場を
改善する手段であると改めて思う。
日本からは厚生労働省の「提言」をまとめるためにひらかれた有識者による
円卓会議のメンバーでもあった「クオレ・シー・キューブ」の岡田康子さんが、
「予防」のセッションで発表をした。また、「職場のモラルハラスメントをなくす会」が、
ポスターセッションで日本の現状や先日発表されたばかりの厚生労働省
パワハラ定義などについて発表した。他にも早稲田大学の心理学ゼミの学生の
ポスタープレゼンなどもあった。
最終日には学会の総会が行われ、これには学会員ではないので私は参加していないが、
2年後の国際会議はイタリアのミラノで開催されることが発表された。

6月のコペンハーゲンは、日が射している間は暖かで動けば汗ばむこともあったが、
夜間(午後9時ごろまで明るい)や早朝は寒く、雨が降った日は分化会場の
講義室が寒くてひざ掛けがほしかったところである。
コペンハーゲンは、街中はどこでも英語が通じ、国際会議や商業的な催しが
行なわれることも多いということだった。会議開催中には、市役所での歓迎セレモニーや
川を船で案内してくれるツアーも催され、古くからの町並みと、近代的なデザインの
融和した美しく活気のある町だった。


アンデルセン

労働時間の短縮が進み、労働環境が整っているように思えたEU諸国でも、
いじめについては様々な取り組みが試行されている状態のようである。
フランステレコムルノーで自殺者が相次いだように、
労働条件の悪化にともなう自殺問題も新たな問題としてあるようだ。
2年後のミラノ会議にもぜひ参加したいが、それまでに報告できるような成果を
出せるように、メンタルヘルス・ハラスメント対策局の取り組みをすすめていきたい。